東洋経済オンライン
2021/04/30
IT化遅い日本の欠点 「紙と電子の併存」は愚策だ 「やめる」という戦略を 考えないと崩壊する

●行政のデジタル化がなかなか進まない日本。その理由と打開策を解説します(写真:CORA/PIXTA)
日本のデジタル化では、「こんなことが可能になります」という「足し算」ばかりが語られてきた。しかし、何かを「やめる」という「引き算」が主張されることは少ない。日本発のリアルタイム組み込み系OSのTRON(トロン)やユビキタスコンピューティングで世界に先駆けた坂村健氏は、「変えることを恐れる」傾向が強いのが、日本が世界に出遅れたいちばんの理由だと指摘する。どのようにしたら日本でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が進むのか。坂村氏の新著『DXとは何か 意識改革からニューノーマルへ』から一部抜粋・再構成してお届けする。
前回:「絶対安全」が好きすぎる日本人に伝えたい盲点
前々回:「技術に土地勘ない人」が絶対知るべきDXの根本
■デジタルの力で行政システムを透明化
 日本がどうデジタル化するべきかという基本戦略として、最も重要なポイントの1つが「行政プラットフォームの確立」だ。これはパソコンのOS(基本ソフト)を考えてもらえばわかる。印刷など大抵使うような機能をまとめたOSがハードウェアとの間にあるから、アプリケーションごとに多重開発しなくていい。
 行政でも本人確認、手続きに伴う通知、入出金など、多くの行政サービスで共通に使う基本機能がある。それらを「行政OS」を通して使えれば、個々のサービスは独自処理部の開発のみで実現でき、多重開発の愚を避けられる。さらにこのOSに開発力を集中すれば、品質を上げ、セキュリティーの強化やバグの発生を抑える効果も期待できる。
 行政のデジタル化=行政OSという文脈で考えれば、マイナンバーは行政が国民を管理する番号ではなく、国民が行政システムを利用するためのIDということになる。それは行政OS時代の国民の権利そのものだ。国民を管理しやすいように付与する背番号とはまったく意味合いの違うものだ。
 マイナンバーで問題になった個人情報の不当利用の恐れは確かにある。しかし、行政デジタル化の先進国のエストニアでは「行政OS」に個人情報へのアクセスを一本化し、通常でないアクセスはその個人に自動通知する機能をOSレベルで埋め込んだ。
 例えば、警察が陸運局システムに自動車ナンバーで照会をかけると、即時に持ち主の携帯にその通知が来る。国民はあくまで行政OSのユーザーであり、スマートフォンのOSがそうであるように、ユーザーのための様々な通知がOSから来るのが当然のことだからだ。
 思考停止して「とにかく利用禁止」というのではなく、むしろデジタルの力を積極的に使うことで逆に行政システムを透明化し、不当利用への抑止力にするという考え方への転換が必要なのだ。
 エストニアでは、行政手続の99パーセントを始めとして、銀行手続や多くの民間手続も電子化され、省庁間連携も民間のやりとりも電子で完結する。税金は税務当局のコンピュータがネットワーク経由で取得した情報から自動計算され、国民は内容チェックのみで処理終了。3カ月以上かかった還付金振込も今では数日――このような利便性が、初期段階での電子政府化への国民合意への大きな推進力になったという。
 2017年の報告では、国内900以上の機関の1400種類にもおよぶ公共サービスが電子化されており、それ以前と比べ1年間で「820年分」の労働時間削減効果。エストニアの行政コストは英国の0.33%、フィンランドの3%というから驚く。
 少子高齢化で人手が足りず、税負担軽減のためにも政府のスリム化が急務の日本――当然パネルディスカッションは、「なぜ日本がエストニアのようになれないか」という話題になる。多くの方は「制度の問題」とか「スピード感がない」とか言うが、結局はそれも結果であって根本原因ではないだろう。
■チャレンジを恐れないマインドセット
 エストニアを先端デジタル国家たらしめたのは、第4代エストニア大統領イルベス氏だといわれる。ソ連占領から両親が逃れた先のスウェーデンで誕生、アメリカに渡りプログラミングを学ぶ機会を得たという電子技術系の大統領だ。
 そのイルベス氏が大統領になる前に提案したのが、13歳からプログラミングを学んだ自身の経験による「タイガー・リープ・プロジェクト」だ。教育環境の電子化と、初等中等からのコンピュータ教育義務化計画だ。
 このプロジェクトが採択され、1996年にすぐ計画開始に移されたこと自体が、日本と違うエストニアのチャレンジを恐れないマインドセットの証だろう。ソ連崩壊後の祖国の将来を考え、国の発展のためにリスクを取りにいくというマインドセットを持つ人々が多かったと推測できる。
 エストニアと比べ危機感のない日本のマインドセットの転換として、特に重要なのが「やめる勇気」だ。これまでの日本のデジタル化では「こんな素晴らしいことが可能になります」というような「夢」は語られるが、そのために何かを「やめる」ということは語られなかった。
 30年前のまだ力のあった日本なら、「紙も電子も両方やって、社会の抵抗を最小にするように少しずつ移行」という悠長な戦略があったかもしれない。しかし、そのせっかくの余裕は使い切ってしまった。
 日本の「戦略」はほとんどが「足し算」ばかりだ。何かを「やめる」という「引き算」は既得権益陣営の抵抗が大きいから、大方針で明示したくないということなのだろうか。
 しかし、軍事なら常に「攻め」だけということはない。そして「引く」ときこそ、うまく戦略を考えないと戦線が崩壊する。
 もはや明確な「断捨離戦略」を掲げるべきときに日本は来ている。そうすることで、初めて国全体として、紙の撤廃を目指した工程の具体化が各分野で始まる。
■紙による非効率は日本の数少ない「成長」可能分野
 電子化が一方的な首切りにならないように、業務が変わることに向けた再配置の計画も、電子化に対応できない高齢者のための電子化補助員とかデジタル民生委員のような新しい人員の導入も、期限が明確化し権限や責任の制度化も進む。民間企業はビジネスだから「何年までに役所で紙がなくなる」と決まれば、逆に大きなビジネスチャンスとして動き始めるだろう。電子化に向けた社会人再教育も活発化する。
 ポジティブに考えれば、紙による非効率は日本に残された数少ない「成長」可能分野。現在、政府が言い出した印鑑の廃止は、まずそのスタート地点。印紙からFAX、さらには数々の対面規制まで――やめるべきことはまだまだある。
 日本は特に「変えることを恐れる」傾向が強い。それは責任感が強くて不安に弱い国民性から、変えたことの心理的負担を取りたくないということなのかもしれない。しかし未来の世代のために、変えることによるリスクを引き受けても、先に進むべきときが来ているのだ。
 ほんの数年前は、自動運転についても「安全性」を心配する声が聞かれた。それが多くの暴走事故――特に高齢者のアクセル踏み間違いなどのニュースを受けて、明らかに最近マインドセットが変わりつつあるのを感じる。ハンコの廃止も、ほんの数年前なら大きな抵抗があっただろう。
 しかし、新型コロナの流行によりテレワークが進み、「ハンコを押すために出社させられる」などのニュースで社会の雰囲気は一気に「廃止やむなし」に変わったように見える。
 不幸な出来事がないと、社会が変われないのは黒船時代からの日本の悪弊だが、変わるときは一気に変われるのも日本だ。これを機に日本のDXに対するマインドセットを整え、災い転じて……となせれば、日本にもまだ可能性はある。
 電子政府による統制監視国家化に対する恐怖を、ソ連に併合されたエストニア国民が持たないわけはない。しかしだからこそ、先に述べた警察と陸運局の例のように個人情報は分散管理し、そのアクセスは自動的に当該国民に通知されるという、事後的リスク対抗策を行政OSに組み込んだ。「事前的なゼロリスク」が保証されないと怖くて前進できない日本にとって、これこそが「正しく恐れる」姿勢だ。
 「実印」などという、入手さえすればパスワード認証なしで使える――よく考えればマイナンバーカードよりずっとセキュリティーの低いものの上で社会活動を行っているのに、マイナンバーカードになると怖いという。そのくせ、ネットでの個人情報漏えい自体が聞き慣れたニュースになれば、もう気にしないのも日本人だ。
 結局、正面から聞かれれば「セキュリティー」というが、実は人々は意外と気にしていないことは多い。しかし実際に行政が動こうとしたら「セキュリティーは大事」という「建前」で動けなくなってしまう。マイナンバーカードも、そのため法律で利用目的をガチガチに縛ったから、発行処理もひどく手間がかかる物になってしまった。そんな「ユーザビリティ」の低いものを誰が使いたいと思うだろう。
■ICT教育義務化は技術者養成のためではない
 「セキュリティー」と「ユーザービリティー」のバランス感覚を持つ。そのためにはICT(情報通信技術)についての教養が必要だ。
 初等中等教育からのICT義務教育化は、不足するICT技術者養成のためではない。今までの義務教育が全員必修なのは、それによる一般教養が民主主義国家を支え一人ひとりの判断力のために必要だからだ。
 同じように、すべての国民がICTの基礎教養を持つことが民主的な電子国家となるためには避けて通れない。
 日本には今や世界の最先端から大きく遅れたという自覚が必要だ。それを今からどこまでキャッチアップできるか。教育が効果を示すには、7倍で進むドッグイヤーのICTの進歩を考えれば絶望的な時間がかかる。
 といっても、やらなければいつまでたっても変わらない。少しでも加速するために、すでに社会に出た人のリカレント教育も含め、あらゆる努力で日本国民のマインドセットを「アップデート」する以外に王道はないと覚悟すべきだろう。